2024年5月24日

にゃーん

(人間語・日本語訳

今月、あと150万円。
これを用意できれば、もうお金は大丈夫だ。
おそらく一生、困ることはない。

150万円は、難しいように見えて簡単だ。
簡単なように見えて、難しい。

僕は基本的に面倒な交渉はしない。

「貸してください」
「お願いします」
「土下座」

これだけだ。
この半年で、1人から、低くて5000円、多くて千万単位のお金を借りた。

借り方は、いくつかある。
1人から、150万円。
15人から、10万円(一番現実的)
150人から、1万円

最後に言う。
お金で苦しむのは今回で最後だ。

うちの会社はうつ病の人間だらけだ。
でも、僕は家族(社員)を絶対にクビにしない。
半年間何の仕事もしない人間にも、「とにかく休んで」と言って報酬を払い続けていた。

最近、傷病手当金という制度を知った。
もう一度言うが、うちの会社はうつ病の人間だらけで、仕事ができない彼女たちの給与を、会社が払い続けていた。

先月、この制度の存在を知り、今月から、この制度を利用させてもらう。
来月から会社の支出は100-200万ほど減るだろう。

だから、これが最後だ。

家族(社員)、顧問税理士、顧問弁護士、顧問弁理士には申し訳と思っている。
みんな、心配をかけたり、事情を説明して、支払い時期を待ってもらっている。
社会保険庁などにも、電話をかけて、何とか延長してもらいないかと、毎月お願いの電話をかけて、対応してもらっている。
また、もちろんながら、僕のこんな雑なお願いに、貸してくれた人たち。

金額の多寡はない、いや、多寡はある。
100円と1万円では、1万円の方がありがたい。
でも、月収1億円の人から借りる数千万円と、月収20万円の人から借りる1万円。
その人の僕に対する気持ちは、比べることができない。

そもそも、僕は借りているつもりはない。
もちろん、口では「貸してください」とは言っている。
しかし、傲慢だが、投資だと思っている。
もっと傲慢に言うと「俺に貸せてよかったな」とまで思っている。

なぜなら、絶対に返せる自信があるからだ。
僕は、僕なりに正義を実行するために行動しているから、それによって、悪い人間の利権の邪魔をすることになる。
だから、僕は、デリートされる可能性が常にある。
現に、一度、胸を刺された。
今回、僕は、ホストクラブの問題で、本当に大きく走り回った。
とはいっても、僕はなくなればいいと思っているのではない。
完全になくすというのではなく、今の暴力や脅迫や詐欺みたいなやり方がなくなり、適正なところに落ち着けば、それはゲームセンターのようなもので、歌舞伎町という僕の大好きな街の、ひとつの中心にあるエンターテイメントだと思っている。

だから、今回、僕は、ホストクラブのオーナーさんたちと、政治の方たちとのあいだに入って、僕なりに調整役をしたつもりだ。

しかし、両方にいい顔はできない。
これまで、ホストクラブがやってきたことは、本当にひどいことだ。
本来なら、すべて廃業にされてもおかしくない。
だから、僕は、基本的には、政治の側の人の味方だ。

だって、僕は、今回の問題の前から、そう、三年前から、ホストのオーナーたちとこの話をして「今の状況はおかしいです。バブルです。このままでは、絶対に世間が怒ります。大衆が一番強いんです。何かが起きて世論が怒ってから、そして政治や行政といった外からやらされるより、自分たちで自主規制団体を作った方が、業界の人たちのためにも、いいですよ」と言った。
そしてずっと説得していた。
実際に、スマートフォン用のゲームの課金(ガチャ)については、依存性が問題になりそうで、社会問題になりそうだからと、業界が自ら自主規制の団体を作った。
AVでも、同様の規制団体ができた。AVAN(AV人権倫理機構)だ。
その創設に関わり、理事を務められたのが、僕の尊敬する、法社会学者の河合幹雄さんだ。
僕は、今回、自主規制団体を作れば、彼に仕組み作りの助言や、理事への就任をお願いしたいと思っていた。
河合幹雄さんは、その息子が僕の大親友だ。
河合幹雄さんは、日本の社会の闇を本当に色々と知っている。

たとえば?
・日本政府が、ある総理大臣の、ある国家への「イエス」という言葉を境に、ヤクザという存在に対する態度を変えたこと
・特捜検察という組織が非常に怖い組織であること
・名前もつけられていない、人を証拠なくデリート(その名の通り、文字通りデリートする)する組織があること(殺され方や、刃物の入れ方、そういったものは警察の方が調べると思うが、そういったデータを膨大に見ると、そのような組織があることが、状況証拠として、わかる)

ここに書けないことも、色々と知っている。
(ただ、僕は猫にはなりたくないので、書けない。)

僕は、ホストの売掛自主規制団体を作ろうと動いていた時に河合幹雄さんに理事になってもらおうと思っていた。
その息子を通じて、紹介してほしいと何年も言い続けたいた。
資料を作って、これを見せてくれと、何度も言っていた。
それが去年、やっと実り、河合さんも興味を示し、やっと会ってくれる運びになった。

しかし、その矢先に、急病で亡くなれた。
安倍晋三しかり、日本にとって必要な人間ほど、なぜこうも早くいなくなってしまうのか。

ともかく、僕としては、そのように、ホストクラブが健全な形になり、生き残れるために、三年前から動いていたつもりだ。

それでも、結局は、みんな自分の店の利益を一番に考えて、まとまらなかった。
いや、僕にまとめる力が不十分だった。
なぜなら、まとめることのできた人たちがいたからだ。

去年の夏くらいからの事件や報道を皮切りに、ホストの業界に、政治や非営利団体などから、大きな圧力とメスが入った。

色々な人が尽力してくれたが、特に、参議院議員の塩村あやかさん、僕は彼女に感謝したい。彼女、自ら最も矢面に立ち、時に炎上や誤解を招いてしまうが(僕の考えでは、そのあたりも微妙に計算して、ある程度のバランス感覚でやっておられると思っている。)殺害予告をされるほど自らの身に危険を晒しながら、そして、ホストクラブだけではない、色んな問題にも同時に取り組んでおられるんだろう。
お体が、とても細い。(女性的な美醜の意味ではない。)
一度、食事を取る時間もままならないとおっしゃっておられた。
あと、僕は個人的にも塩村さんのことが好きだ。
これは書いたら怒られちゃうかな。あのちょっといじわるっぽいにっこりした性格の悪そうな笑顔が僕みたいで、好きだ。あと、女性としても、お美しくて、好きだ。
(うう、こんなことを書いたら怒られるかもしれない、怖い☞こわねこ。)

僕は、塩村先生のことが好きだ。
(塩村先生を陰から支えておられる先生がおられるのだが、ここではその名前は伏せる。そして、その先生のことも、僕は好きだ。
彼は、ホストの被害の話を説明すると、毎回顔をしかめるようにして悲しむ。
本当に、ひどい話をするたび、するたびに、辛そうな顔をする。

最初は、「どうせイメージ作りだろ」と思っていた。
しかし、違った。
僕は、言葉ではなく、行動で人を信用する。
彼は、行動で、本当にホストクラブを許せないと思い、また、困った女の子たちに手を差し伸べてくれた。
具体的にエピソードを書くとご迷惑になるので、控えるが、彼は、僕の大事にしている女の子のために、まさにあの12月の自民党の裏金問題の真っ只中、党として1分1秒惜しい中で、僕の友人の困った女性について、動いてくれた。何の票にもならないのに。
(なるとしたら、僕と、その被害女性、二人だけだな笑)
だから、その先生には最初の疑いを謝りたい。
そしてまた、僕は、お世辞ではあると思うが、彼に「あなたの高い志と優しさに感動しました。」と言われたこと、そして、サインをもらったこと。

彼は僕がサインを求めると、力強く、まさに僕のためにと、文言を考えながら、僕にサインをくれた。
僕は、とても嬉しかった。
僕は、塩村さんにもサインを求めた。
塩村さんは最初は突然のお願いに少し困っていらっしゃった。
でも、その先生が「塩村くん、書いてあげなさい」と言って、塩村さんも、書いてくれた。

僕はそのサインを、誰にも見せないが、自分の部屋の壁の一面に飾って、諦めそうになった時、負けそうになった時、つらい時、自信がなくなった時、そんな時に、その壁を見上げて、彼らのことを思い出して、彼らのような本当に自らを犠牲にして国のために、困った人たちのために必死に動いてくれている人たちがいることを思い、自分の矮小さと、至らなさ、小ささを実感し、同時に、「この程度のことで、何を負けそうになっているんだ?あの人たちのことを思えよ」と自ら自らに鞭を打ち、励むようにしている。

他にも僕の部屋の壁には、尊敬する人たちのサインが飾ってあるが、投げ出しそうになった時、諦めたくなった時、何もかもが嫌になりそうな時、そしてまた、自分が壊れそうになった時(そういうのが、もう、自分でわかるようになってしまった。)その壁を見上げて、唇を噛んで、脳を「戦闘」モードに戻す。

そう、これはクソ社会との戦いなのだ。

話が長くなった。(いつもの僕の、悪い癖。)

借金の話だ。
僕は、借りたものは必ず返す。
命を持っても返す。
一時は生命保険に入って受け取りにメモを渡してその人間に配って帰させようとかと思ったが、ふと考えて、それよりも、どこかで雇ってもらって、自分の欲望を立ち、限りなく質素な暮らしをしつつ、少しずつでも返す方がいいことに気づいて、死を守って約束を果たすのはやめにした。
(生命保険会社に電話をかけようとしたのは、偶然にも休日でどこも繋がらなかった。なんという運の良さ!)

そう、話を戻そう。
僕は、それくらいの覚悟を持って、借りたものは借用書などがなくても、絶対に返すつもりだ。
その上で、僕が困った時に貸すことで助けてくれたことで、返し終わった後も、恩返しを僕のできる範囲でするつもりだ。

だから、さっきの傲慢な言葉が僕の中で出るのだ。「僕にお金を貸せるなんて、よかったですね!」

実際に先月、かなりのお金を貸してくれた人の相談に乗り、ある動きをして、貸してくれた以上のかなりの金額の損失を防いだ。(もちろん、合法な動きだ。)

彼かれは「ありがとう」と言われ、毎月いくら払うと言われたが、断った。
なぜなら、僕のその動きは、困った僕に貸してくれたことに対する恩返しであるからだ。

この点で、最近、僕が勉強している、ミャンマーのアウンサンスーチーという人と、安倍昭恵という人の、以下のやり取りに、ひどく感銘を受けた。

「第2次世界大戦中、日本兵がミャンマーの方々に大変お世話になりました。また、戦後に日本が食糧難に陥っていたとき、ミャンマーは大量のコメを支援してくださいました。そのご恩を少しでもお返しできれば、と思って活動をしています。ところが、アウン・サン・スー・チーさんにお会いしたときに「それは違いますよ」と言われたのです。彼女からは「日本とミャンマーは友人同士。何かをしてもらったから返すのではなく、困っているときはいつでもお互い助け合いましょう」と言葉をかけていただきました。」

特定非営利活動法人
ミャンマー国際支援機構の安倍昭恵氏へのインタビューのページから引用
https://miao.or.jp/archives/653

この記事をきっかけに、僕は、ミャンマーについて少しだけ勉強した。

5月の25日
5月の26日

両日、安倍昭恵という方が代表理事を務めておられる一般社団法人ミャンマー祭りの主催する「ミャンマー祭り」がある。

https://x.com/akie_official/status/1788097600870298097?s=46
https://x.com/akie_official/status/1791733133249057097?s=46

彼女のこのポストによると、両日とも、安倍昭恵さんはミャンマー祭りにいらっしゃるらしい。
僕は、安倍昭恵さんにお会いしたことがないが、一方的に、とても尊敬しているお方なので、この機会に、また、ミャンマーという国の人たちについて知るために、またできることが何かを考えるために、行くつもりだ。

みんなも、参加してほしい。
また、僕は、予定がまだわからない部分があるので、ずっとはいられないが、もしこのメッセージを見た人の中で、僕と一緒に行きたいと思ってくれる人がいれば、メッセージをください。
申し訳ないが、交通費などは出せないが一緒にお祭りを回って、ミャンマーという国について、そしてミャンマーと日本との関係、歴史について知って、そして現状に知ろうよ。そして、できる範囲で、行動しようよ。

さて、僕の借金の話に戻る。

今回、本当に残金がPayPayの639円しかなくなるところまで追い込まれるほどになりながらも、しかし、そのおかげで、「お金を作る」ことを必死に考えて、素晴らしいアイデアを思いついたので、迷惑をかけた人たちには申し訳ないが、今回の苦境は、修行だったと思っている。

実際にそれで思いついて立ち上げているサービスが、かなりの金額と、また、かなりの力を得るものになりそうになっている。

「金は後からついてくる」

という言葉がある。
僕この言葉を胸にずっと生きてきた。
でも、あまりにも遅すぎませんかと、何度も神様に文句を言いたくなった。

というか、言ってしまった。
神様、ごめんなさい。
でも、神様、もしあなたがいるなら、神様の偶然というような偶然の連続で僕にはすごいことが起きて、すごい繋がりや、すごい立場をもらえました。
僕はリチャード・ドーキンスを思想的祖先に持ち、今は父親をスティーブン・ピンカーに持つ、無神論者であるが、もしかしたら神はいるのかもと、思ってしまった。

(どちらも進化心理学という非常に面白い学問を扱っている人たちだ。
面白くて面白くてたまらないから、よければ読んでみてほしい。)

もう一度、言う。
「金は後からついてくる」
僕が思っているより、遅すぎた。
しかしそれは誰のせいでもない。
経営者として、資金管理をきちんと行わず、感情的に意思決定をしがちな、僕の経営者としての資質の問題だ。
だから、本当は、「金が遅い」のではない。
ただ、「僕が悪い」のだ。

借金の申し込みや、家族(社員)に苦労をさせたことで、本当に申し訳ない気持ちしかない。
しかし、もうお金はついてくるし、そして今回を機に、僕は大きく成長することができた。

僕は、馬鹿だから、どうせなら、本当にお金の大切さを自分の体に教え込んでやりたいから、さっきの残りの150万を、道行く人に土下座をして、1万円ずつ貸してもらうことで充足しようかと考えている。
(前に、特にお金に困ってもない時、ふと思って、道で知らない人たちに土下座して必死に懇願して回るといくらもらえるかを、ためしにやってみた事がある。20分で、3000円が集まった。)
だから、今回は、それでお金を足して、僕のこの、大事な一つの人生のステージをクリアとする。

しかし、やっと、やっと、やっとついてきた。やっと、やっと、やっと、お金がついてきた。
この文章を、読んでいる人、こんな僕だが、僕についてきてくれる人はいないだろうか。

僕の会社は常に人不足だ。
だからといって、人をすぐには採用しない。
僕と心が奥底で通じ合って、互いに信用が築けそうで、そして、家族のように思い合えそうな人間しか、社員(家族)にはしない。

仕事の内容?
今のスキル?
そんなものは、どうだっていい。
熱量さえあれば、いい。

仕事はある。
ふたりで話して、君のやりたいこと、君が思う君の得意なこと、僕が思う君の得意なこと、それを二人で話して考えて、僕のやっている事業(僕はこの言葉が何だか、かっこつけているようで嫌いだ。でもここでこれ以外の言葉が思い浮かばないから、この言葉を使う。)の、適当なポジションでまずは働いてもらう。
向いてないな、これは違うな、そう思ったり、僕が感じたら、別の事業の別の役割をやってもらったりする。

また、君がやりたいことがあれば、僕が一緒に考えて、事業を考える(また嫌いな言葉を使ってしまった)
ただ、今は今取りかかっている事業がどれも、ものすごく収益性が高そうで、かつ、公益性も高そうなので、しばらくはそこの事業に入ってもらう。

具体的には

The Neconomist
https://neconomist.com

というメディアだ。
僕はこれを、世界的な、ひとつの大きなメディア装置にしたいと思っている。
また、できると思っている。
僕のX(Twitter)のアカウント、しんでねこになる(@sindenekoninaru)は、その投稿が世界中に拡散されている。
世界の人たちが、僕の言葉に感動してくれて、また、日本について知りたがってくれている。
新聞のオンラインサイトのように、会員制サイトにして、サブスクリプションサービスにするつもりだ。
Stripeという世界的なサービスを導入すればいいだけだから、世界各国から支払いを受け付けることができる。前にも同じようなサービスを作って、サブスクリプション事業を少しだけしたことがある。
問題なく、上手くできた。今回も、同じようにするだけだ。
そう、もうやるだけなのだ。

日本の新聞・メディアのターゲットは日本人だけのところがほとんどだと思う。
だが、ネコノミストは違う。

日本の1人あたりの国民総所得は、42,440ドルだ。(2022年時点、今はもっと落ちている気がする。)2022年時点で、1位のノルウェーは95,510ドル、5位にあのアメリカ合衆国が入り、76,370ドルだ。10位のスウェーデンで、62,990ドル。ドイツは意外に23位、イギリスもなんと意外の29位だ。

日本?
日本はなんと、33位だ。

これら日本より「1人あたりの国民総所得(GNI)」の多い32国だけで、人口は、11憶6,746万人だ。
日本の人口は、1億251万人。

11憶6,746万÷1億251万

市場規模は11.3倍だ。

そして、僕の爆発的に世界に拡散されているアカウントから、海外の人たちも興味を持ってもらえそうな記事に誘導する。


過去の28日間で、僕のXのひとつのアカウントだけでも、6800万人が投稿を見た。
(そこからリンクをクリックするかは別で、その数字も調査している。
リンクのクリック数/率、どのポストからのリンクの流入により、サイトでユーザーがどのような行動をし、そしてどのような属性のユーザーが購読に至ったか、これを分析化して、最適化していく。
そうだね、やることは、山積みだ。君とやりたいことも、いっぱいあるんだけどね。とか言っちゃってね。)

それだけだ、あとはするだけだ。
僕と君とも、そう。あとは、愛を、するだけだ。

(各種データの引用元
https://www.globalnote.jp/post-1353.html

コンテンツについては、まず僕自身が記事を書く。
既に色んなところに取材に行き、面白い記事の原稿が用意できている。
また、何人かの週刊誌の記者から、協力の約束ももらった。
何人もの名前の通っている人たちから寄稿や対談企画の参加のOKももらった。
何人もの関係者の人から、情報を先にもらえないかとお願いをして、OKをもらった。

この媒体は、成功すると思っている。

少し怖いかもしれないことを言う。
これは、お金にもなるし、また、権力にもなる。
なぜなら、成功すると、世界の世論に対して、一定の影響力を及ぼせるからだ。
(この点で、僕は最近、読売新聞の主筆の渡邉恒雄さんの本を読み込んで研究している。
僕の今のこの計画は野望と言われるかもしれないが、野望と言われるものを達成してきたのが、僕だ。
やれると思っている。渡邉恒雄さんはまだご存命だが、非常にご高齢だ。生前に一度お目にかかり、僕のこの馬鹿げた野望についてどう思うか、お聞きしてみたいな。

「やるじゃないの。おれももうちょっと生きれたらなあ。」

なんて言ってもらえたら、最高だ。
ちなみに渡邉さんは東大生時代に共産党に入っておられて、その時、B派という派閥におられた。
東大の学内の共産党組織の中でも法学部派閥はLawから取りL派、渡邉さんは文学部のB派だった。

ちなみに僕?
これはたぶん、初めて公言するかもしれない。自慢に聞こえるかもしれないから言いたくなかったけど、面白いから、言っちゃう。

僕は京都大学にいた。
最初は法学部にいた。そう、L派だ。
しかし、法学部の授業に出てみたものの、そのあまりのつまらなさに10分で部屋を出て、その後、法学部の授業を受けることはなくなった。

後は好きな講義にだけ出たり、好きな先生のところに押しかけて勝手にゼミに入れてもらったりした。
あとは、京都大学はそれなりに大きな図書館があって、映画や音楽のライブラリーも立派なものが揃っていたから、授業に出るのはつまらなかったけど(というか、授業になんかほとんど出なかったな。)大学の図書館の本を読み漁ったりライブラリーにある音楽や映画を片っ端から摂取していた。

そのうち僕は、えっと、これは少し悪い話なのだけれど、京都大学には、プールがある。
金網で囲ってあるだけだから、登ればだれでも泳げる。
近くにはサークル棟という建物があって、サークルに入っている学生たちのワイワイ楽しそうな声が遠くに聞こえる。
僕は授業にも出ず、サークルにも入っていない独りぼっちだったから、そのみんなのワイワイの楽しそうな声を聞くのが寂しかった。しかしその寂しさが、どこか心地よかった。

だから僕は、夏は、朝から晩まで図書館で本や映画を観た後に、用意したナップザックに水着とゴーグルを入れて、プールに向かった。
まず、ナップザックを金網の向こう側に投げる。そして登って向こう側に降り立つ。

夜のプールは、まるで海のようになぜか波が立っていたのを覚えている。
暗い水は怖かったが、遠くに聞こえるワイワイと楽しそうな声を聞いて、僕は「あっち側」の人間じゃないんだなという、不思議な自覚と覚悟を持って、水に飛び込んだ。
飛び込むまでは怖いけれど、飛び込んで少し泳いじゃえば、全然怖くない。
(これはプールに限らない、だから君も、飛び込んでおいで、僕のところに❤)
そして疲れるまで適当に泳いで、たまに立ち泳ぎしてまた遠くのワイワイの声を聞いて、それによる寂しさに気持ち良くなって、そしてまた無音の、寂しさのただなかともいうべき水の中に潜って泳いだ。

そんな日々を過ごしているうちに、ある日、僕以外に、同じように泳いでいる人間がいた。
「誰だよ」
僕は、共犯者のような彼と一定の距離を持ちながら、泳いだ。
休憩として、プールサイドに座っていると、その「共犯者」が僕に声をかけてきた。
「君も、これをしているの?」
これ?
「はい」
と僕は答えた。
彼は京都大学の教授だった。

まったく、大学の教授が深夜に「禁止」の看板を無視してプールに侵入して泳ぐなんて、イカれた、いや、イカした大学だぜ。

僕は当時、アメリカ文学にこっていた。
法学部にいながら、法学部の授業には一切出ずに、
色んな国の文学を読んだけれど、僕はアメリカ文学になぜか惹かれた。
(のちにわかるのだが、現代のアメリカ文学とは「病み」がそこに大きくあるのだ。
こんなメンヘラ真っ盛りの僕が惹かれるのもそれは無理もないことだ。)

それを話すと、彼は、こう言った。

「じゃあ、うちにおいでよ」

彼は、英米文学の教授だった。
そして、僕は法学部から、文学部に転学部した。
そう、L派から、B派に、転向したのだ。
(共にプールで泳いだ共犯者のくせに彼の僕への指導は厳しかった。僕はなぜか英語だけは得意で、たしか中学の時に高校三年生が受ける模試で一位を取っていたりした記憶があるのだけれど、大学で学ぶそれは、またレベルが違った。具体的に説明すると、いちいち、うるさいのだ。
ひとつの単語の解釈について、ねちねちねちねち、うるさいのだ。
小説が面白いと言っても、どこがどう面白いのかを、徹底的に説明させられるのだ。
まあ、そのおかげで、今のXでの世界に拡散する英語の文章が書けていると考えると、よしとしよう。
そのうち先生にも、挨拶にいかないとな。)

さっき、好きなゼミに押しかけて勝手に入れてもらったりしていたと言ったが、その一人が、亡くなられた瀧本哲史先生だ。

瀧本哲史(wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%A7%E6%9C%AC%E5%93%B2%E5%8F%B2

追悼 瀧本哲史さん 30年来の友人が語る「天才の人間性」
https://forbesjapan.com/articles/detail/29132

2020年の世界を生きる君たちへ
~投資家 瀧本哲史さんが残した“宿題”~
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4450/

彼は大学で講義を受け持っていたが、僕を含めて彼を慕う数名が、講義の後に講義版に押しかけて「先生!」「先生!」とうるさく質問や議論をふっかけていた。
たしか先生は、そんなしつこい僕たちに呆れながらも「わかりましたよ、用事が終わったら、どこかで食事でもしましょう」と答えてくれた。

色んな学部の、先輩、後輩、そしてまた、他の大学から来た学生たち。
みんなが週に1度くらいで、瀧本先生を囲んで、生意気ながらも瀧本先生に議論をぶっかけていた。
しかしまあ、当たり前のことだが、ひよっこの学生たちがふっかける議論など、マイクタイソンに僕がパンチをするようなもので、ほとんど聞かない。だから先生はずっと、「うん、うん」と言いながら、スマホやiPad(だったかな?)で作業をしていた。
でも、10回くらい必死に話すと、そのうちの1回くらいは、こっちを振り向いて「うん、それはそうだね…」と話をしてくれたのだ。
あの場に集まるみんなは、きっとみんな先生に恋をしていたんだろう。
少しでも振り向いてほしくて、少しでも褒めてほしくて、少しでも「いい質問ですね」という言葉が、もらいたくて。
後にこの集まりは、「瀧本ゼミ」という名前が付けられて、東大にも作り上げられ、なんというか、肩書志向の、本質的ではない人間の気持ち悪いものになってしまった気がする。
僕は、まだ「瀧本ゼミ」という名前すらついていない頃の、一番最初の集まりで、瀧本先生に必死にラブトークをする学生の一人だったのだ。

Facebookで、僕が亡くなった瀧本先生について書いた文章がある。
ここに引用しておく。

瀧本哲史先生について

僕は自分は裏側にいる人間でいいと思っています。
なぜなら、その方が色んな物事に関われるし、楽しいからです。
先生はそういう生き方をしていたと思います。
表に出ているのなんて、先生のなされていたことの、ほんの一部だと、俺は思います。
たとえば、日本交通の再建、これは表の一部。でも表に出てないことが沢山あったと、僕は思います。
文学や政治、アイドル、色んな場所で、彼は裏にいたと思います。
彼は非常に言葉が冷たい人間です。僕が彼と話していて、頭の悪いことを言うと、ろくに返事もしてくれないことも多々ありました。横にいても、「うん、うん」と言いながらスマホで何か調べ物をする。そんな光景が思い浮かびます。
10回何か話したら、そのうちの1度くらい、ちゃんとこっちを向いて話をしてくれました。好きな女の子に振り向いてほしくてストーカーのように連絡し続ける、そして、そのストーカーのような執着それ自体に快感を覚える僕の性癖は、ここで生まれたのかもしれません。僕は、先生のことが好きだった。そして、少しでも振り向いて、相手にしてほしかった。
ここまで読むと、先生は冷たいだけの人間に思えるかもしれません。
でも、違います。
彼には愛がありました。瀧本ゼミが終わった後のことです。(今の東大などで行われている「瀧本ゼミ」とは別種の、そんな名前すらついていない、彼を慕う学生たちで集まってご飯を食べるような、そんな場でした。)
ゼミ終わりには、中華料理屋やカラオケで打ち上げをしました(とはいっても、みんなカラオケなんてせず、先生に質問や議論をぶつけまくる、楽しい会でした。あの頃のみんなと、僕はまた会いたい。)
そして、それでも話足りない僕たちのために、百万遍の交差点で、彼は朝までずっと、立って、僕たちの話を聞いてくれました。
その時、僕はふと疑問に思って聞きました。
「先生はどうして僕たちみたいなしょうもない学生にこんなに構ってくれるんですか?どうして大学の教授をしているんですか?ビジネスした方が儲かるんじゃないですか?」
「ま、投資ですよ」
先生はそれ以上何もおっしゃいませんでした。
でも今の僕なら、少しは先生の意図がわかる気がします。
きっと、先生は、教育が日本を変える一番のキーポイントだと、思っていたんだと思います。そしてそれは、あまりに合理的な彼の意思決定の中で、唯一の非合理的な部分だったと思います。
「社会を変える」これは何も自分に得はありません。自分のための動きをした方が、合理的です。これは、合理的な先生にとっては、あまりに非合理的なモチベーションでした。いつもなら言葉を尽くして、あのたまらない早口で語り尽くす彼が、あえて一言で「ま、投資ですよ」と終わらせて、多くを語らなかった意味が、今理解できました。彼なりに思っていた、日本の未来への想い、それをあえて語らず、ある種悪ぶって「ま、投資ですよ」その言葉で済ませて、それ以上を語らないこと、それが彼の美学だったんだと、僕は思います。
先生、先生があまりに偉大過ぎて、あの言葉の意味が、今やっと理解できましたよ。僕はまだ、偉大過ぎる先生の、ほんの一部しか理解できていません。理解したいなんて思うことがおこがましいのかも知れませんが、その教えを、僕は一生をかけて、学んでいきます(生きます)
先生の投資を、成功させます。
先生が貴重な時間と思考を投資してくれた僕という株式会社の企業価値を、僕は頑張って向上させます。
でも、先生。
でも、先生、いくら企業価値が向上しても、どれだけ上場益が発生しても、肝心の、そこに投資してくれた株主ーー先生が死んでしまっていたら、どうすればいいんですか?
企業価値の出し方は教えてくれても、それは教えてくれなかったですよね?
瀧本哲史先生。ご冥福をお祈りします。
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君に友だちはいらない
http://amazon.co.jp/dp/4062176203

戦略がすべて
http://amazon.co.jp/dp/4106106485

僕は君たちに武器を配りたい
http://amazon.co.jp/dp/4062170663

瀧本 哲史



もう一度言う。
金は後からついてくる。
だから僕にもついてきて。
君の連絡を待ってるよ。

あ、連絡は、ミャンマー祭りへの参加と、僕の会社で働きたいかもという連絡ね(僕の会社の採用は特殊で、まずはご飯を食べたり一緒に散歩して色んなことを話したりするところからはじまる。採用とは一方的なものではなく、セックスと同じく、お互いが「この相手となら」と思った時に成立するものだと思っている。だから、そうだな、デートみたいなものだな。
僕とベッドインするかを決めるかのように、デート、間違えた、採用のご飯を、申し込んでほしい)

おさんぽ日記 2024年5月24日 9分23秒

あと、そうだ。
ひとつ、お願いがあるんだった。

僕は、この子を応援している。
よければ、この子に投票してほしい。
これから期間の終わりまで毎日ここに書くけど、君のそのたった一票でもあるけど、その一票が彼女の応援になる。
そして僕もそれが、嬉しい。
どうかお願いします。

ミスFLASH2025
小島里奈さん
https://miss-flash.jp/vote/detail/293

投票ボタンを押すだけだから、よければ、お願いします。

…何だか僕は、お願いばかりだな、借金だの、ミャンマー祭りに行こうだの、僕の会社で働こうだの、小島里奈さんに投票してだの。

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